みかぎのかぎ

その時の思いを様々に

母の月命日

タイトルの通りで、今日は母の月命日です。

そんな訳で今日は母のことについて少し書こうと思います。

昨年の10月にこの世を去りました。

プライバシーに関わるので詳細は伏せますが、還暦前でした。早すぎる。早すぎるよ…

明るくて純粋で無邪気。もしかしたら家族の中で1番精神年齢が幼いんじゃないかって位(笑)、まっすぐな人でした。

(本人は気にしているようでしたが、家族みんなそんな母を愛していましたし、愛しています)

休職するようになってから、改めて自分のこれまでを振り返るのですが、自分にとって母プラス面もマイナス面も両方に影響を与えた人かなぁと思います。

父も姉も母の事がすっごく大好きで尽くしたいし、悩み事やグチも聞いてほしいし、私からすると母はいつも家庭内で引っ張りだこな印象でした。

「あれ?筆者は?」

…と言うと、母のことは家族愛的な意味で愛しています。

でも、父や姉と比べると少し距離が遠かったかもしれません。

(※先ほども書きましたがとにかくこの2人が母 (父からすれば妻)大好き!な人だったので…)

どちらかと言うと上の2人を中心に色々対応していて、『あんなに引っ張りだこだったから疲れてるだろうな。急ぎでもないから、そっとしておこう…』

という距離感でした。

 

私から見た母

  • 基本的には嘘のない人
  • とにかくまっすぐ

  • (※家族の前では)割と思った事を口にしやすい(良い事も人が傷つきそうな事も)

  • 余計な先入観を持たない。
  • 自分の弱い部分を他人に見せるのが苦手(父曰く甘え下手。出会った当初よりはだいぶ改善されてきた)
  • もしかして体調とかキャパの把握も苦手だった…?(冷たいものを飲んでお腹弱くしたりとか)

まだありますがこんな感じでした。

何でも口にするので、発達の遅かった私に『療育の時に“出来なくて当たり前”だから怒らないでくださいね。』というエピソードを何遍も聞かされて育ち、家族からの引っ張りだこ&私側もそんな母を見て話しかけにくいやらで

めちゃめちゃ自信のない性格になりました。

*1

ただ、その反面、少し特殊な発達の私の特性で他人には分からないレベルの、良い香りのするクラスメイトの話をした時には興味を持ってまっすぐに聞いてくれました。

それと、とにかく決めつけなかった。

そんな所は好きだし、そういった背中を見てきたから“なるべく他人に対して余計な先入観を持たずに接したい“という気持ちが根底にあります。

私は学生の頃、環境に馴染めない&クラスメイトの悪口などで不登校になった期間があり、そこから色々越えてようやく頑張れるかな、という矢先で

2018年の元日にくも膜下出血で母は倒れました。

重度の後遺症が残り、辛うじて右手の指先が少し感触を感じられるぐらいでそれ以外はほぼ寝たきり状態になってしまいました。

居住地の市外の病院でお世話になり、約5年半の闘病生活を経てこの世を去りました。

正直な気持ちを言うと、もっと色々な話をしてみたかったです。

この想いはずっと消えないだろうな。

どうか願うことはあちらの世界で少しでも安らかに母の思うように過ごしていてほしいな、と思います。

ママ、今までお疲れ様でした。見守っててね。

今日はこんなところで。

ではまた。

*1:学生の頃にバカにされたり否定されたり比べられる事もいっぱい受けてきたのも相まって…。